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これからいえづくりを始めるひとへ
こんにちは!営業スタッフの北嶋です。
これから家づくりをはじめる人・家を考えているけど方向が定まらない人
いえづくりの根底にある話です。ぜひ読んでいただけたら幸いです。
「暮らしは、積み重なる」
家づくりの仕事をしていると、「いい家とは何ですか」と聞かれることがあります。
そのたびに、少し考えます。
性能の高い家でしょうか。
美しいデザインの家でしょうか。
長く安心して暮らせる家でしょうか。
どれも間違いではありません。
でも、それだけでは「いい家」とは言い切れないように思うのです。
家は、建物です。
図面があり、柱が立ち、屋根がかかり、一つひとつの工程を経て完成します。
しかし、暮らしは違います。
暮らしには完成がありません。
毎日の繰り返しのなかで、少しずつ形になっていくものです。
朝、カーテンを開ける。
窓から風が入る。
食卓を囲む。
洗濯物をたたむ。
仕事へ向かう人を送り出す。
学校へ行く子どもを見送る。
夕方になれば「ただいま」という声が聞こえ、夜になれば家の灯りが一つずつ消えていく。
特別な出来事ではありません。
でも、その繰り返しが暮らしです。
家は、そのすべてを静かに受け止めています。
完成したばかりの家は、とてもきれいです。
床には傷がなく、壁は真っ白で、木の香りが漂っています。
けれど私は、その家を見ながら、いつも思います。
「ここからだ。」
家は完成しています。
でも、我が家は、まだ始まっていません。
暮らしが始まって初めて、その家は少しずつその家族のものになっていきます。
玄関に並ぶ靴。
冷蔵庫に貼られた予定表。
ダイニングテーブルについた小さな傷。
いつの間にか増えていく本や植物。
季節ごとに飾られる花。
どれも、設計図には描かれていないものです。
しかし、それらが積み重なることで、家は少しずつ「その家らしく」なっていきます。
時間は目には見えません。
けれど、暮らしの中には確かに残っていきます。
庭で大きくなった木。
手を加えながら使い続けている家具。
何度も磨かれた床。
新品だった頃よりも、少しだけ色合いを変えた木。
新しさは少しずつ失われていきます。
その代わりに、家族だけの風景が増えていきます。
私は、その変化を美しいと思っています。
長く使われた木の机に味わいを感じるように、長く暮らした家にも、その家だけの表情があります。
家は古くなるのではありません。
時間を重ねていくのです。
最近は、「家が高くなりましたね」と言われることが増えました。
確かに、その通りです。
土地も、建築費も、十年前とは大きく変わりました。
家づくりを考え始めること自体に、不安を感じる方も少なくありません。
だからこそ、私たちは価格だけを見てほしくないと思っています。
もちろん、予算は大切です。
無理のない資金計画も、とても大切です。
けれど、家づくりの価値は、見積書だけでは測れません。
その家で、どんな朝を迎えるのか。
どんな夕食を囲むのか。
どんな季節を重ねていくのか。
その積み重ねは、数字では表せません。
家は、人生の出来事を受け止めます。
うれしい日もあります。
思い通りにならない日もあります。
笑い声が響く日もあれば、静かな一日もあります。
何も起こらない日さえあります。
でも、そのどれもが暮らしです。
家は、そうした日々を選びません。
ただ、そこにあり続けます。
だから私たちは、流行だけを追いかける家ではなく、時間が経っても心地よく暮らせる家をつくりたいと考えています。
性能も、そのためにあります。
夏を涼しく、冬を暖かく過ごすこと。
温度差の少ない環境で、安心して暮らせること。
光や風を心地よく取り込めること。
それは性能を競うためではありません。
家族が自然と同じ場所に集まり、それぞれの日常を穏やかに過ごせるようにするためです。
私たち田辺木材ホームのスタッフは、「家を買う」という言葉をあまり使いません。
家は、買った日に終わるものではないからです。
「家は、つくり育てるものです。」
完成したその日から、新しい暮らしが始まります。
一年が過ぎ、十年が過ぎ、二十年が過ぎる頃には、その家は世界に一つだけの場所になっています。
家族の時間を受け止めながら、少しずつ育ってきた家です。
私たちがつくりたいのは、その最初の一日です。
家族の暮らしが始まる場所を、丁寧につくること。
その先に流れる何十年もの時間を想像しながら、一棟一棟をつくること。
家づくりとは、建物を完成させる仕事ではありません。
暮らしが積み重なっていく土台をつくる仕事です。
だから私たちは、完成の日よりも、その先の日々を大切にしたいと思っています。
暮らしは、積み重なります。
家族の時間も、積み重なります。
そして、その時間を静かに受け止める場所が、「家」なのだと、私たちは考えています。